|
ALBUMとSINGLEの売上成績です。
(USA / BILLBOARD CHARTより)
MATTHEW WILDER |
|
84年にセカンドアルバムをリリースしますが、不発に終わってしまい、その後はソングライターとしての手腕を発揮するようになります。ナタリー・コールの "WILD WOMAN DO"や、シーナ・イーストン,ポインター・シスターズ,パティ・ラベルなどに曲を提供しています。
90sに入ってからはプロデューサーとして大成功を収めています。95年にはNO DOUBTというグループの“TRAGIC KINGDOM”を全面的に手がけ、このアルバムが全米?bPに輝き、グラミーにもノミネートされました。他にも98年にディズニー映画「ムーラン」の音楽も担当していますよ。
"BREAK MY STRIDE"を初めて聴いた時は、「不思議な感じのする曲だなぁ〜」なんて感じていましたが、アルバムを通して聴いてみると、R&Bのほのかな香りが漂っていて、なかなか感性の深いアーティストだと確信したのを想い出します。 アーティストとしては「一発屋さん」に終わったとしても、マシューみたいに、後にプロデューサーとして大成功してくれると、80sファンの私もとてもうれしいですね。 |
I DON’T SPEAK THE LANGUAGE (1983)
84US No.5 84USY No.27 84UK No.4 84US No.33 |
邦題は「想い出のステップ」。マネキンを使ったアーティスティックなジャケ写がなんとも個性的である。 アメリカ東西の海岸エリアで積んだ豊富なキャリアを生かした、多彩な「サウンド玉手箱」的な作品である。この作品については、ジャンル分けは無意味だ。 当時は、全く素性の知れないアーティストだった。 全米各地でラジオのヘビーオンエアが飛び火し、全米チャートをシングル"Break My Stride"が駆け上がってくるものの、日本では全く彼に関する情報がなかった。 TOP40入りしても、"Private I"というマイナーレーベル所属だったため、日本発売すら決定していなかった程だった。 ジャニスやリバディなどの有名貸しレコード店にも入荷しておらず、LPを買うしかなかったのである。 初めて先行輸入されたLPも、「輸入盤の殿堂」渋谷のタワーレコードとCISCOで半日で完売したという逸話も残した。 (うそ臭いが、紛れもない事実) 私自身、入荷情報を事前にチェックの上、開店と同時に買いに行ったほどだった。かなり苦労してゲットしたLPだったこともあり、初めて針を落とした時は10回以上はリピートしたものだ。 84年に入ってから、ようやく日本発売も決まり、ベストヒットUSAで"SOLID GOLD"のクチパクライブ映像も流された。 (想像していたよりも怪しげなルックスではあったが...) 突発ヒットだったこともあり、"Break My Stride"のPVは制作されておらず、シングル2弾目の"The Kid's American"のPVしか残されていないのは、残念なことだ。 発売から半年、ようやくマシューの人物像も見えてきたのだった。 20年以上経った今も、下記の2in1 CDは愛聴盤のひとつである。 <ERIRIN兄/2011.1.21.> |
BOUNCIN’OFF THE WALLS (1984)
|
Mad for You/Bouncin' off
the Walls/Hey Little Girl/ |
オススメBEST CD
I DON’T SPEAK THE LANGUAGE/ BOUNCIN’OFF THE WALLS (1999)
|
BREAK MY STRIDE/THE KID’S AMERICAN/ I DON’T SPEAK THE LANGUAGE/ LOVE ABOVE THE GROUND FLOOR/ WORLD OF THE RICH AND FAMOUS/ LADDER OF LOVERS/I WAS THERE/ DREAMS KEEP BRINGING YOU BACK/ I DON’T SPEAK THE LANGUAGE (REPRISE)/
MAD FOR YOU/BOUNCIN’OFF THE WALLS/ HEY LITTLE GIRL/SCANDAL/NAKED TRUTH/ OPEN UP (LET ME IN)/CRY JUST A LITTLE/ LOVE OF AN AMAZON/FORTUNE COOKIE/
彼が80s時代に残した2枚のアルバムが一枚のCDになって、うれしい再発です。こういう企画、ジャンジャンやって欲しいねっ!
|
前のページに戻りたい時はブラウザの「戻る」ボタンを押して戻ってネ