ARTIST FILE 056

ALBUMとSINGLEの売上成績です。

(USA/BILLBOARDチャートより)

LIPPS,INC.

 


 

 

79年にミネアポリスで結成されたテクノPOP系ユニット。

プロデュース、ソングライティング、すべてのインストをこなす天才プレイヤー/スティーブ・グリーンバーグ。(写真上)

THE TIMEの前身バンド/FLIGHT TIMEに在籍していた実力派R&B系シンガーのシンシア・ジョンソン。モデルとしても活動していたスタイル抜群の美人でもあります。(写真下)
 
付記...今も全米各地で催されている「ミス・ブラック」という黒人対象のミスコンがある。シンシアは、1976年に「ミス・ブラック・ミネソタ」を受賞した経歴もある美人だ。
FLIGHT TIMEは、デビュー前のプリンスが見習いで参加したことがある伝説のグループだ。

 

テクノとR&Bの融合=「テクノファンク」。この二人の異なるパーソナリティが見事に融合されて誕生したのが、あのビッグヒットナンバー“FUNKYTOWN”でした。
 
この曲は、あらゆるレコード会社に売り込みをかけるも断られ続け、ようやくカサブランカ・レコードと契約にこぎつけました。
79年10月にデビュー曲"ROCK IT"をリリース。ダンスチャートで20位まで食い込みました。
続く"FUNKYTOWN"が、80年1月にダンスチャートでbPに輝いた後、同年5月にPOPチャートでもbPをゲット、見事ミリオンセラーになったのです。

その後80年、81年とアルバムを発表し、ダンスチャートでは活躍しましたが、82年にシンシアが脱退してしまいます。


結成当時から、シンシアは「雇われシンガー」的な扱いしかされておらず、スティーヴとの仲はあまり良くなかったようで、いつも衝突していたらしいです。83年に、シンシア抜きで4枚目のアルバムをリリースしますが、全く話題にならず、LIPPSは消滅してしまいました。


87年にオーストラリアのロックグループ/スード・エコーが“FUNKYTOWN”のカバーをPOPチャートに送り込み、LIPPSも一時的に復活の噂が立ちましたが、実現はしませんでした。
 

しかしその10年後の98年には、スティーヴ自らメガホンをとった映画“FUNKYTOWN”が公開されるなど、今でもダンスクラシックの名曲として堅実な人気があるのは、うれしい限りです。
 
付記...グループ名の"LIPPS INC."は"LIP-SYNC"(リップシンク)=「クチパク」という意味をかけている。
<ERIRIN兄/2011.1.21.>

 

MOUTH TO MOUTH (1979)

80US 5

80USY 58

 


 

Funkytown/All Night Dancing/Rock It/Power

FUNKYTOWN

80US

1/4wk

80USY

8

80UK

2

ROCK IT

80US

47

邦題は「ファンキータウン」。
先述の通り、テクノとR&Bを見事なまでに融合させ、80sのダンス/ディスコシーンに多大なる影響を与えた1枚。同郷ミネアポリス出身のプリンスの音作りを転換させたお手本になったともいわれてる。
 
プロデューサーのグリーンバーグは、シンセの他にもドラム類とベースを演奏し、マルチプレイヤー振りを発揮している。また、各楽曲のポイントとなるパートに、ヴァイオリンやピアノなどのクラシック楽器を用い、音に厚みを出している点にも注目してほしい。
 
不朽の名曲"Funkytown"はもちろんのこと、テクノよりもR&Bテイストが強い"All Night Dancing"と"Power"、ドナ・サマーの"I Feel Love"を引用した"Rock It"。たった4曲のみの収録だが、中身の濃い作品だ。
 
全世界的に見てもCD化したのは、1990年に日本のみで一度だけというから、驚きだ。コレクターの間では、5000円以上の高値がついているらしい。
私自身、幸いにもCDを所有しているが、リマスターが待ち望まれる。
<ERIRIN兄/2011.1.21.>
 

 

PUCKER UP (1980)

80US 63

 

 

HOW LONG?

80US

83

 
How Long?/Tight Pair/
Always Lookin'/The Gossip Song/There They Are/Jazzy
 
前作の大ブレイクから間髪を入れずにリリースされたセカンド。前作同様、テクノとR&Bの融合作品だが、ややテクノ色のほうが強くなった印象だ。
 
ダンスチャート4位を記録、マイナーヒットとなった"How Long?"は、74年に全米3位まで上がったブリティシュロックの雄・ACEの大ヒット曲のカバー。
クラフトワーク風の気だるいテクノアレンジが施されており、鬼才グリーンバーグならではのナイスアレンジに仕上がっている。元ACEの中心人物だったポール・キャラックも当時、賞賛の連絡を入れたそうだ。
この曲は他にも、77年にカントリーシンガーのバーバラ・マンドレル、81年にもロッド・スチュアートがアルバム"Tonight I'm Yours"の中でカバーした。
 
ピンクレディーの「カメレオンアーミー」に似た、ハードなギターリフが強烈なインパクトを残す"Tight Pair"も完成度の高い曲である。
リリースから30年以上もお蔵入りしている。CD化熱望!!
<ERIRIN兄/2011.1.24.>
 

 

DESIGNER MUSIC (1981)

 


 

Designer Music/Hold Me Down/The One/The One After/
Everybody Knows/I Need Some Cash/Background Singer/
Things Take Time
 
若干ファンク色の強い構成に変化している。というか、テクノR&Bにロック色を加えたような感じといえばいいか?
前2作よりも、シンシアのボーカルが多めにフィーチャーされた。コンセプト作成時にシンシアの意見が尊重されたらしい。ただ、グリーンバーグ自身には不満がくすぶっていたようで、このアルバム作成後、シンシアは一方的に解雇されるこことなってしまった。
 
"Hold Me Down"かシングルカットされ、ダンスチャート11位まで上昇。
<ERIRIN兄/2011.1.24.>

 

4 (1983)


 

Funk 108/Crying Over You/Addicted To The Night/On To You/
Never Could Be Sorry/Choir Practice/Obsessed/
Let's Get Back To The Floor
 
シンシア・ジョンソンが解雇され、新たにメラニー・ロザレスとマーガレット・コックスの二人の女性ボーカルを新加入させている。マーガレット・コックスは、85年に"TA MARA & THE SEEN"を結成し、ヒットを飛ばしたのでよくご存知だろう。
 
リリース当時はすでに同郷のプリンスもブレイクを果たし、全世界からミネアポリスサウンドが注目されていたが、ブリティシュ・インベーションの波にも流された感があり、あまり話題にならなかったのは残念だ。
そんな逆風の中だったが、"Addicted To The Night"がシングルカットされ、ダンスチャート8位を記録し、健闘した。
<ERIRIN兄/2011.1.24.>

 


DOES ANYBODY KNOW ME (1985)

 


突然リリースされた2年ぶりのシングル。
完璧にプリンスのパクリで、初期のような個性は微塵もない。B面の"Hit The Deck"に至っては、アート・オブ・ノイズの二番煎じ....トホホ
 


 

オススメBESTCD

FUNKYWORLD (1997)

 

 

 

4枚のアルバムからバランス良くチョイスされてます。たまには極上の「テクノファンク」に浸ってみてはいかが?
85年リリースの問題曲2曲も収録。

 

FUNKYTOWN/ALL NIGHT DANCING/ROCKIT/

HOW LONG/TIGHT PAIR/JAZZY/

DESIGNER MUSIC/HOLD ME DOWN/

ADDICTED TO THE NIGHT/CHOIR PRATICE/

DOES ANYBODY KNOW ME/HIT THE DECK/

 

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